ニートが見下されるのは努力をしていないからです【努力してる人なんてごく一部】

ニートはなぜ見下されるのか?

テレビやアニメ、普通にご飯を食べるだけでも「贅沢だ」と言われてしまいますよね。
なぜ見下されてしまうのかを今回は考察、紹介していきます。

こんにちは、現役ニートのくらっちです。

僕もニートでご飯は一人で食べていますし、部屋でゲームやってることはバレないように音を立てないようにしています。
お風呂も誰とも被らないようにしてますし、トイレも被らないようにしています。

ではなぜこんなことをしなくてはいけないのかを説明していきます。

何をやってもニートだからと見下されてしまう

結論は簡単で、何をやってもニートの癖にと思われてしまうからです。

テレビをみて笑っているのも、トイレに行くのも、ご飯を食べるのもです。

ニートだろうが、働いていようが同じことをするのに文句を言われるのはおかしくないか?

一つ疑問を投げかけるとしたら、テレビやゲームは百歩譲って遊んでんじゃねえよと思われるのも納得がいきますが、ご飯やお風呂、トイレまで罪悪感を持つことはないですよね。

だってそれらは例え働いていたとしても必ずやらなくてはいけないことですし、ニートだからやっているというものではないはずです。

それなのに、ニートというだけで普通の生活すらまともに送れない、送るのに罪悪感を感じさせられるこの社会がおかしいのかもしれません。

見下している人たちは努力をしている気がするから

ニートを見下す人のよく使う言葉で「努力が足りない」「甘えている」などを聞きますが、それもどうなのかなと思っています。

理由はそういう批判してくる人たちが本気で努力しているようには見えないからです。

毎日苦しくて、吐き気をこらえて、体調を崩してでも働いているなら立派なものですが、ほとんどの場合は普通の仕事を普通にこなしているだけにすぎません。

もうすでに毎日のルーティンになってしまった作業を繰り返すことが努力というのであれば、それは努力とは言わないですよね。

だって特に頑張らなくても普通に過ごすだけで働いていることになっているのですから。

 

たまたま自分が長く続けられる仕事にありつけただけで、それを努力と捉えるのはおかしいことではありませんか?

 

本当の意味で努力している人なんてごく一部だし、そういう人は別にニートに何か言ってくる余裕もないはずです。

つまり、ニートに文句を言ってくる人というのは自分が努力をしているという勘違いをしているケースが多いということです。

人が人を見下すのは安全なところから他人を攻撃するのが気持ちいいから

見下すのはなんとも気持ちがいいことなんですよね。

ニートも同じでネットの世界で得た知識でさらに下の人間やなんなら社会人を攻撃したりします。

それが家庭や友人知人からもされているということです。

見下される立場だからこそ、僕は他の人を見下したくない

現役ニートで見下される立場だからこそ、辛さをわかっているからこそ相手と同じことはしたくないと思ってます。

僕は中学で不登校になりましたし、学校で友達も少なかったです。

そういう人たちを理解しているつもりですし、できることなら救いたいとさえ思っています。

そして仕事が辛くて死にたいという人の気持ちも痛いほど分かるので共感して助けてあげたいです。

 

他人を見下す人というのは一度も挫折したことがない人間ですよね。

一度でも人生どん底に落ちたことがあればそんな見下して楽しむなんてことするわけがありません。

人生4分の1にしてすでにどん底を何度も経験しているので、今後も他人を見下すことはないです。

 

このテーマで記事書けるかなって思ったけどぐちゃぐちゃになっちゃった。笑
ここまで読んでいただきありがとうございました。


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