「我以外皆我師」大人になるにつれて忘れてしまう【名言】

我以外皆我師とは

「我以外皆我師」とは吉川栄治さんが書かれた宮本武蔵の中で記された言葉で、相手が子どもでも老人でも誰であっても、その方から何かを学ぶことができるという意味の言葉です。

我以外皆我師からの学び、考察

大人になるにつれてこの言葉を守ることは難しくなります。
時が経つにつれて自分よりも若い人ばかりになっていきますから、しかし年齢だけ積み重ねても、人生経験というのは相手が子供だろうとまったく違う経験をしているわけでして、その相手から学べることは必ずあるはずです。

小さな学びかもしれません。しかし、自分が成功するためにはどのような人間からでも貪欲に学ぶ姿勢を持たなくてはいけない、そんなことをはっと思い出させてくれたこの言葉を、忘れないためにも記事にしています。

はっと思い出した、この言葉を見たときに「そうだよね、誰からでも学ぶ姿勢は重要だ」と思ったとしても、またいつか忘れてしまうのではないかと恐れている自分がいます。

インプットするためにはコンテンツ学習した方がいいと考えていたが、最近人と話している内容のほうが唯一無二で学びとしての質は高いのではないかと思いました。

相手の実体験を通しての学びなので想像しやすいですし、会話ですから忘れにくいです。せっかく学んだことを忘れてしまっては無駄になってしまいます。

今までは子供との会話や話す時間というのは相手に時間を使ってあげているという感覚もあったけど、この言葉を頭の片隅に置けているときは、相手が子供だろうとだれであろうと対等に話すことができるので「こんな考え方するのか」など学びが多くて、何より会話が楽しくなりました。

老人との会話の時も重要です。年寄りというのは最近のインターネットのことやパソコンのことを知らない、情報に疎い、だからそこから考え、発せられる言葉というのはそこまで重要ではないと考えていました。
しかし、当たり前ですがそんなことないですよね。なぜ情報に疎いのか?一昔前の人はこの考え方なのか?新しい仕組みを学んだらこの人たちはどうなるのか?などいくらでも考えることができます。

私はテレビを全く見ないので、時間を作ってまでテレビを見ている人は何を考えているのか、他にやることがないのかと馬鹿にしていました。
しかし、そのような相手もこちらから理解することを諦めるのではなく、なぜテレビなのか?どのような考えを持っているのか?などを会話しなくても想像して理解することができるようになるのではないでしょうか?

「我以外皆我師」とは会話だけでなく、自分と違う考え方の人との付き合い方も変えてくれる素晴らしい言葉だと思います。
物事を冷静に抽象的に考えることができるようになりますし、相手を蔑むこともしなくなります。結果的に人から好かれるようになるのではないでしょうか?度を過ぎるほど探る感じが出てくると、ただの会話なのに「なんかこいつキモイ」となってしまいかねないですかね…?

「我以外皆我師」

何時までも忘れないようにしたいです。

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